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喫茶去

喫茶去

きっ

『趙州録』、『碧巌録』、『とうげん
〔五灯会元、巻四、趙州従諗禅師〕
師問新到、曾到此間麼。曰、曾到。師曰、喫茶去。又問僧。僧曰、不曾到。師曰、喫茶去。後院主問曰、爲甚麼曾到也云喫茶去、不曾到也云喫茶去。師召院主。主應喏。師曰、喫茶去。
新到しんとうう、かつかんいたるや。いわく、かついたる。いわく、きっまたそうう。そういわく、かついたらず。いわく、きっのち院主いんじゅうていわく、甚麼なんてか、かついたるにもきっい、かついたらざるにもきっいし。院主いんじゅす。じゅ応喏おうだくす。いわく、きっ
  • 去 … 単に意味を強める助辞。「去れ」という意味ではない。
  • 『新版 禅学大辞典』には、「まあ、お茶でも召し上れ、の意。趙州従諗の言葉で、趙州喫茶去ともいう。喫茶という日常生活のありようが、実は、佛法そのものであることを表現している」とある。【喫茶去】
  • 入矢義高監修/古賀英彦編著『禅語辞典』には、「茶を飲んでこい。お茶を飲みに行け。茶堂(茶寮)へ行って茶を飲んでから出直してこいという意。『まあ、お茶を一杯お上がり』(且坐喫茶)という意ではない」とある。【喫茶去】
  • 柴山全慶編『禅林句集』には、「まあお茶を一杯召しあがれ」とある。【喫茶去】
  • 『禅語字彙』には、「茶でも飲で行けの機語。趙州の禪機縁にて公案に用ふ」とある。【喫茶去】
  • 芳賀幸四郎『新版一行物』には、「……貴賤・貧富……などへの執着を捨てた境涯から、客の貴賤・貧富・巧拙……などにかかわりなく、一様に心を入れて茶を供しているであろうか。客の社会的地位や初心者か練達者かなどの相違によって、その心入れに厚薄・深浅がないであろうか。また客として、亭主が未熟者であり、お道具が粗末であっても、趙州のお茶をいただくと同じ心構えでいただいているであろうか。文字はわずか三字であり、『まあ、お茶を一服おあがり』というだけのさりげない一語であるが、この『喫茶去』まことに茶道の茶道たる妙諦を示した有難い一語である」とある。【喫茶去】
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