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掬水月在手

掬水月在手

みずきくすればつき

于良史「春山夜月」
掬水月在手
みずきくすれば つき
弄花香滿衣
はなろうすれば かおりころも
  • 『全唐詩』巻二百七十五所収。ウィキソース「春山夜月」参照。
  • きくすれば」 … 「すくえば」とも訓読できる。
  • 入矢義高監修/古賀英彦編著『禅語辞典』には、「日常的な営みや遊びから生まれる思いがけない喜びの発見」とある。【掬水月在手、弄花香満衣】
  • 柴山全慶編『禅林句集』には、「水を掬えば水となり、花を持てば花となる。心境一如、無心の三昧底。觸處みな悟りの妙用」とある。【掬水月在手弄花香滿衣】
  • 『禅語字彙』には、「觸處皆本分を離れずの意にて、上句は、本分は何處にもある、下句は何時でもあるをいふ。又句に參じて自然に妙を得たりの意」とある。【掬水月在手弄花香滿衣】
  • 芳賀幸四郎『新版一行物』には、「……代表的な解釈四つを紹介しておこう。(一)……人間というものはその交わる友達や環境、あるいは玩弄する物によっていつのまにか影響され、その品性が高尚にもなれば下品にもなるものである。(中略)(二)……何事もひたすらに精進努力して退転することなければ、その妙所は自然にいつかわがものとなるものである。(中略)(三)……一切の存在はみな宇宙の大生命を宿し、絶対の真理・仏教のいわゆるにょの顕現でないものはない。(中略)(四)……この二句は『水を掬すれば、掬する我と掬される水とが不二になり、さらにいえば我がすっかり水になりきって月光をいっぱいにうつし、また花を折れば、花これ我、我これ花と一枚になりきって、全身に芳香を放っている』という意味で、禅の重んじる主客不二・物我一如の境を美しく表現したものである。(中略)茶室に掛ける場合には、(三)あるいは(四)の意味にとって掛けるのが、多くの場合、筆者の心にかなうであろう」とある。【掬水月在手 弄花香滿衣】
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